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IIJ.news Vol.189 August 2025
今回は、ホンダの挑戦に感銘を受けた筆者が、
物事の「本質」を追求し続けることの意義を問い直す。
IIJ 非常勤顧問 株式会社パロンゴ監査役、その他ICT関連企業のアドバイザー等を兼務
浅羽 登志也
平日は主に企業経営支援、研修講師、執筆活動など。土日は米と野菜作り。
ああ、原稿が書けない(涙)。どうしよう? あーでもない、こーでもない……と悶々としながら無為な時間を過ごしていた時、あるニュースに目が釘付けになりました。
「民間で国内初の快挙! ホンダがロケット離着陸テストに成功」
ホンダがロケット? 知らなかった! 記事を読むと、2025年6月17日、北海道大樹町にあるホンダの実験施設で、全長約6メートル・総重量1313キロの小さなロケットが垂直に打ち上げられ、高度270メートルに到達したのち、地上に戻ってきたというのです。その着地誤差はわずか37センチで、しかも完全自律制御の再使用型ロケットとのこと。実験の様子はホンダの公式動画でも公開されていて、筆者はそれを見て、思わず「よくやった!」と誰にともなく叫んでしまいました。
「ホンダがロケット?」と驚いた方も多いかもしれません。でも、よくよく考えると、ホンダはもともと“自動車メーカ”ではなかったのです。始まりは1958年に発売された小型バイク「スーパーカブ」。誰でも乗れて、どこへでも行ける――そんな“移動の自由”を提供してくれる乗り物でした。2輪から4輪へと進み、やがて「ホンダジェット」という小型ビジネスジェット機を開発して空へ。そうして今、いよいよ宇宙へ。つまりこのロケットは、唐突な挑戦ではなく、地上・空・宇宙と、人とモノの“移動の自由”をひたむきに追い続けてきたホンダの次なる一歩なのです。
思い出されるのは2021年、ホンダが発表した衝撃的な決断です。2040年までに新車をすべてEV(電気自動車)またはFCV(水素燃料電池車)にするという「エンジン全廃宣言」! しかも、その年のF1の最終戦ではホンダエンジンを搭載したマシンが世界チャンピオンを獲得していました。まさに“エンジンのホンダ”が栄光の絶頂を極めた瞬間、あえてその象徴を手放したのです。この決断は、「やめる」のではなく、やり尽くしたからこそ“次に進む”ためのものだったのでしょう。
昨年末、筆者はあるベンチャー企業の経営理念やMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)の再構築を支援させていただきました。社員20名ほどの小さな会社ですが、業績は好調。ただ、社長は「このままの延長では成長に限界がある。そもそも自分たちは何を目指していたのか、それを今一度、問い直したい」と語っておられました。
その時、筆者が大切にしたのは「今やっていることの先に、どんな本当にやりたいことがあるのでしょう? なぜ今これをやっているのでしょう?」という問いを繰り返すことでした。目の前のビジネスをどう広げるかより、まず“原点”を見つめて、その延長線上に未来を描くこと。結果として、社員の心を動かすような力強いビジョンを社長自らの言葉で再定義できました。
ホンダもまた、この問いを常に自問している企業なのだと思います。“エンジンのホンダ”と呼ばれることを誇りにしながらも、それをあっさりと手放せたのは、自分たちが届けたい“本質的な価値”を見失っていなかったからでしょう。
この発想は、アマゾンの創業者ジェフ・ベゾスにも重なります。彼は最初にオンライン書店を立ち上げましたが、それは「本を売りたかった」からではありません。ECを始めるにあたり、当時もっとも扱いやすかったのが本だった、というだけです。
ホンダもきっと同じはずです。彼らは「バイクをつくりたい」「車を売りたい」ではなく、「移動の自由をつくりたい」と願っていた。だからこそ、クルマにとどまらず、空へ、そして宇宙へと、その視野を広げてこられたのです。本質を問い続ける企業だけが、かたちを変えながら進化し続けることができる。ホンダのロケットは、そんな“問い続ける企業”の姿勢に、未来の灯をともしてくれるように思います。
最近、グラフィックデザイナーの杉浦康平さんの本を何冊か読ませていただきました。そのなかで杉浦さんが「デザインは人と人の間を結ぶ仕事」と語っていたのがとても印象的でした。筆者自身も、なぜインターネットに興味を持ったのか? と問われれば、その根源的なところは、とてもシンプルに「人と人を自由につなぐことができるから」と応えるだろうと思うからです。いや、インターネットに限らず、筆者がこれまで好きでやってきた活動は、全てこの「人と人をつなぐ」ということに尽きると思うのです。これこそ、自分のライフワークなのかもしれません。
杉浦さんの本を通して初めて知ったのですが、日本語では「人」のことを「人間」と書きます。一方、同じ漢字圏でも、中国語や韓国語では単に「人」と表現し、「間」という概念は日本語独自なのだそうです。
杉浦さんは「現代人は孤独で、お互いの心は遠く離れている。だからこそ、デザイナーの仕事とは、大勢の人それぞれの『間』を駆け巡る情報や物の働きによって、より良い状態で結んでいくことなのだ」と語られていました。そして「主題が変わるごとにいくつもの橋が必要であり、そこにこそデザインが求められる」とも述べていました。筆者はこれらの言葉にとても感動しました。これはまさに、我々のようなインターネットを運営するものこそ、もっと真剣に受け止めなければならないと感じたからです。杉浦さんの「デザイン」という言葉は「ネットワーク」に置き換えても、そのまま通用しそうです。ただ、筆者には「デザイン」はできないので、インターネットやこのような駄文(笑)、米作りやライブセッションの運営など、自分にできることをあれやこれやとやっているのかなと感じました。
「なぜ今これをやっているのか? その先にどんな本当にやりたいことがあるのか?」――企業も個人も、時々自らに問いかけてみる必要があるのかもしれません。
(イラスト/末房志野)
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