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IIJ.news Vol.189 August 2025
人口減少が進み、「ヒト・モノ・カネ」といったリソースが限られている日本の地域社会にとって「地域DX」は、単なるIT導入や行政プロセス改革にとどまらず、行政・住民・企業・関係人口が協働し、持続可能な地域経営と住民幸福の実現を目指す包括的な改革である。
本稿では、そのヒントとなることを目指し、海外事例――「循環・シェアリング(ソウル&アムステルダム)」と「ニューリテール(中国)」――を概観する。
武蔵大学社会学部メディア社会学科教授
庄司 昌彦 氏
シェアリングエコノミーを都市政策の柱としている都市は「シェアリングシティ」と呼ばれる。韓国のソウル市は、行政主導型シェアリングシティの代表事例であり、世界で最初にシェアリングシティ化を打ち出した都市である。予算を抑えながら福祉や行政サービスの水準を保ち続けるために共助の仕組みとしてシェアリングエコノミーに着目し、2012年にシェアリングシティを宣言した。現在は第三次マスタープラン(2021~25)を推進している。
当初はさまざまな企業を支援し、包括的なエコシステムを作ることで遊休資源の活用促進などに重点を置いていた。具体例として民間事業を市が束ねてブランド化したカーシェア事業がある。ソウル市自身も公用車を買い替える代わりに、カーシェアに市の駐車スペースを提供し、行政職員もカーシェアを使うようにした。シェア用の自動車は公共駐車場で割引を受けられるなどの特典がある。民間企業やマンションにも駐車場の一部をカーシェア用とすることを勧め、2020年には提供地域を市中心部から郊外へ拡大した。その他、公共施設の会議室の休日開放やモノの貸出し、公共資産の積極的なシェアリングや学生と高齢者を対象としたシェアハウス(住宅マッチング)などが知られている。
2013年から進めてきた第一次・第二次の取り組みを通じてシェアリングエコノミーのビジネスは広がったが、環境や地域社会への貢献といった社会的影響を及ぼすまでには至らず、市民はサービスの受益者にとどまった。そこで現在は「都市資源を協働で再生産・循環させ、誰1人取り残さない持続都市を実現する」ことをミッションに掲げ、人々の互酬性や協働、共有資源管理や市民参加などに重点を置きながら、市民カードとポイント制を組み合わせた使い捨てプラスチック削減など、都市の資源循環に力を入れている。
1.ソウルの自転車シェア
2.ソウルの自転車シェア
3.ソウルの地域ごとに置かれたシェア拠点
4.シェアの目的・用途ごとに分かれたフロア
5.工具と工作スキルをシェアするスペース
一方、オランダのアムステルダム市は、民間主導型のシェアリングシティの代表事例である。市民団体「ShareNL」が主導し、アムステルダム経済委員会と共同で2015年にシェアリングシティを宣言した。
2020年には市として「サーキュラーエコノミー 2020―2025戦略」を定め、2050年までに100パーセント完全サーキュラー都市となることを掲げて、多数の野心的なプロジェクトに着手している。そこでは廃棄物の削減などの手段としてシェアリングエコノミーの推進を位置づけている。
代表的事例である物品共有プラットフォーム「Peerby」では、市が都市OSを活用して公開しているオープンデータのAPIを活かし、すでに4戸に1戸以上が会員という地域インフラになっている。また2021年に導入された低所得者向けサービスの「Stadspas(シティ・パス)」では、割引カードを用いることで市内の35の洋服仕立て屋において4割引で洋服をリペアしてもらえる。この取り組みの成功を受け、対象を家電にも拡大している。
アムステルダム市は、シェアリングエコノミーがもたらす持続可能性・社会統合・経済成長の機会を捉えるための「都市型リビングラボ」を志向している。リビングラボは、中小企業・NPO・自治体といった多様なステークホルダーが新しいアイデアを試行し、洞察と経験を共有することでイノベーションを促進し、地域社会のニーズに適応したソリューションを開発するうえで有効であると考えられ、DXを固定されたソリューションではなく、継続的な実験と学習のプロセスとして捉えるアプローチを示している。
1.アムステルダムにある無料で使えるコワーキングスペース「Seats2meet」
2.ワーキングスペースのほか、会議室やキッチン付きミーティングルームなどスキルシェアするコワーキングスペース
3.ワーキングスペースのほか、会議室やキッチン付きミーティングルームなどスキルシェアするコワーキングスペース
4.ワーキングスペースのほか、会議室やキッチン付きミーティングルームなどスキルシェアするコワーキングスペース
中国の巨大ネット企業アリババグループは「ニューリテール(新小売)」と呼ばれる、新たなビジネスエコシステムの構築を進めており、都市生活を大きく変え始めている。アリババは“C to C”(消費者間商取引)の「淘宝(タオバオ)」、“B to C”(企業消費者間取引)の「天猫(テンマオ)」、フードデリバリーサービスの「餓了麼(アーラマ)」を展開している。また、QRコードを利用した決済サービスの「支付宝(アリペイ)」や、新型のスーパーマーケット/ショッピングモールの「Freshippo(盒馬:フーマー)」も展開しており、これらを組み合わせたものがニューリテールである。
このシステムを支えているのが、電動バイクによる配送サービス(店舗による配送手段のシェアリング)だ。ショッピングモール、コンビニエンスストア、飲食店の前には、店舗から消費者への配送を担う何人ものバイク便ライダーが待機しており、店舗は「倉庫」兼「配送拠点」のようになっている。これにより、買い物や食事をスマートフォンで注文し、配送サービスに届けてもらうことができる。
日本でも配送サービスのシェアリングが都市部を中心に浸透しているが、購入・配送・決済など一連のUXをスマートフォンアプリの連携によりデジタルで完結させ、戦略的なデータ活用や出店などにも効果を波及させていくニューリテールの段階にはまだ至っていない。
Freshippoは2025年3月期、初の通期黒字を計上し、店舗数は430店に達した。成功要因は、①旗艦店と3キロメートル圏30分配送の「前倉」を組み合わせた配送構造、②AIによる15分ごとの在庫・配車最適化による低廃棄率、③域内共同仕入れによる地産比率35パーセント――という3層設計である。
この事例から、ECと実店舗を「時間価値」で統合し、生活圏において「買い物+雇用+物流」の地産地消サイクルを再設計するアイデアを得ることができる。日本でも「商店街などの共同オンライン在庫+ミニ前倉+即時配送」を段階的に組み立てれば、中規模の地方都市でも再現できるだろう。物流負担を抑えるために自治体が交通規制データや空き公共施設をAPI提供し、商工会・第三セクターが前倉を運営するといった役割分担も考えられる。
1.中国 杭州にある新型スーパーマーケット/ショッピングモール「Freshippo(盒馬:フーマー)」
2.ネット注文された商品が天井のコンベアで運ばれる店内の様子
3.配送に向かう配達員
ここで紹介した事例には、循環型社会、リビングラボ、小売の高度化などを目指すグランドデザインがあり、単発アプリの導入やIoT機器の購入にとどまっていない。日本の地方都市がDXを深化させる際も、そうした社会デザインとともに進めることが求められるだろう。分散された小さな資源をネットワーク化し、住民が主役となる循環を築くことが、持続可能性と地域経済の両立を後押しする。海外事例を参考に、自地域の規模・文化・制度に合わせて「トライアル→検証→拡張」していくプロセスが、これからの地域DXの王道となるだろう。
参考文献
Seoul Innovation Bureau (2021). “The 3rd Sharing City Seoul Master Plan (2021-2025)”
庄司昌彦(2021)「シェアリングシティの展望 海外事例とデータ活用の視点を交えて」『Think-ing』(彩の国さいたま人づくり広域連合)
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