IIJ.news Vol.189 August 2025
IIJの谷脇康彦が、情報社会学・情報通信政策のスペシャリストである 武蔵大学の庄司昌彦教授をお招きし、「地域社会におけるデータ活用」をテーマに、自由闊達な意見交換を行なった。
「地域DX」の成否を分ける鍵はどこにあるのだろうか?
武蔵大学
社会学部メディア社会学科
教授
庄司 昌彦 氏
武蔵大学社会学部メディア社会学科教授、武蔵学園データサイエンス研究所副所長、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)主幹研究員、東京大学空間情報科学研究センター客員教授。1976年、東京都生まれ。中央大学大学院総合政策研究科博士前期課程修了、修士(総合政策)。専門は情報社会学、情報通信政策。
株式会社インターネットイニシアティブ
代表取締役 社長執行役員
Co-CEO&COO
谷脇 康彦
1984年4月郵政省(現 総務省)に入省。同省において郵政大臣秘書官、在米日本大使館ICT政策担当参事官を経て、2013年6月内閣審議官・内閣サイバーセキュリティセンター副センター長、16年6月に総務省情報通信国際戦略局長、17年7月同政策統括官(情報セキュリティ担当)、18年7月同総合通信基盤局長、19年12月同総務審議官(郵政・通信担当)を歴任、21年3月退官。22年1月IIJ入社、同年6月より取締役副社長として経営統括補佐を担当。25年4月より現職。

地域DXの現状と課題
谷脇:
本日は庄司先生と「地域DX」についてお話ししたいと思います。
最新の「人口推計」を見ますと、日本では2050年頃まで高齢化率があがっていき、40パーセント近くになります。その間、日本は世界でもっとも高齢化が進んだ国であり続けるわけですが、やがてアジアの国が追いつき、追い抜いていきます(次頁図1)。これは見方を変えると、日本は社会の高齢化を約20年先取りして経験する“課題先進国”だと考えられます。
今後、日本では農業の担い手不足や、医療・介護の問題など、さまざまな懸案が想定されます。そうした状況に対しデジタル技術を活用した取り組みが出始めていますが、庄司先生は地域DXに関する現状をどのようにご覧になっていますか?
庄司:
日本が課題先進国だというのはご指摘の通りですが、今の日本はある意味、その立場に安住してしまって、アドバンテージを活かしきれていないと感じています。
DXとはデジタル・トランスフォーメーションの意味ですが、後者がより重要だと言われています。つまり、デジタルを使って「変わらなければならない」ということです。その点、私たちの社会は旧態然として「変われていないのではないか」というのが、私の問題意識です。
日本人は新しいツールを買ってくるのは好きですが、物事のやり方を変えたりするのは苦手だったりしますよね。
庄司:
さらに、変化のための合意形成や、変化を促す決断といったことも不得手で、「お金がない」とか「人手が足りない」などといった声が先に出がちです。同様に地域DXでも「X=トランスフォーメーション」のほうこそ先決なのに、実際にはそうなっていないように見えます。特に、団体・業界をまたぐ領域や産官民を橋渡しする中間組織など“あいだをつなぐ”ところのトランスフォーメーションが進んでいなくて、古いやり方がなんとなく残存しているのではないでしょうか。
谷脇:
「情報通信白書」によると、日本のDXに対する考え方は欧米と異なっていて、日本では効率化が主目的なのに対し、欧米では新たな付加価値を生み出すとか、デジタル技術で領域横断的に課題を解決するといったことが志向されます。「X」を抜きにデジタル技術だけを導入しても、ソーシャルイノベーションにはつながらないというのは、庄司先生がおっしゃる通りでしょうね。
庄司:
今のやり方は、多少古い技術を使っていても、日々改良を重ねてきたものなので、やり方としてはそこそこ効率的に思えるんですね。一方、新しいシステムを入れて、操作方法を覚えてくださいなどと言われると(一時的に)処理速度が落ちてしまいます。そのため短期的には今のやり方が一番いいように感じるのですが、長い目で見ると、いずれそのやり方は維持できなくなる。そういうことを考慮し、投資的視点にもとづく変革が必要だと思います。
谷脇:
日本は失敗に対する「許容度」が低くてトライアル&エラーがやりにくい環境がある一方、DXは基本的にトライアル&エラーで進めていくので、そのあたりに齟齬があるのかもしれませんね。

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図1 アジアにおける65歳以上人口の割合及び推移
民間活力への期待
谷脇:
私は10年来、「これからはデータドリブンの時代になる」「データ駆動社会が来る」と言ってきましたが、領域を越えてデータを横連携させる動きはなかなか出てきません。それは、フォーマットやシステムの違い、規制の存在など、さまざまな要因で滞っているのですが、領域を超えたデータ連携がなされたら、新たな付加価値も生まれるはずです。そこで、地域DXにおけるデータ活用の方向性や課題についてお話しいただけますか。
庄司:
業界内に限ってもデータの標準化やプロセスの変更は困難なので、業界を越えてデータを連携できるようにするのは大変なことだと思います。
東日本大震災のあと「オープンデータ」がキーワードになり、私自身、デジタル庁の「オープンデータ伝道師」も務めています。自由に使えるデータを世の中に流通させたら、喜んで使ってくれる人が増えて、付加価値をつけて売る中間加工業者や専門的なデータを取り扱うマーケットが現れるだろうと期待していました。しかし現実はそうならなかった。
庄司:
おそらく領域ごとに誰かがリーダーシップを執って、ある程度お膳立てしたうえで使い方を提示したり環境を整えてあげないと芽が出ないのかな、と感じています。放っておいても自然にイノベーションが起こるわけではなく、積極的な仕掛けが必要なのだな、と。
谷脇:
従来のデータ連携は領域的に閉じていましたが、例えば、域外から欧州市場に製品を輸出する際、CO2の排出量を原材料の調達から、製造・流通まで、サプライチェーンの上流から下流に至るデータを記録して、税関で開示することが求められる制度が導入される予定です。
庄司:
そうした社会の仕組みを変えることは、私たちの社会が苦手としていた部分です。
谷脇:
苦手であるがゆえに、庄司先生がおっしゃった“仕掛け”みたいなものが必要なのかもしれませんね。
庄司:
今回、必ずお話ししたいと思っていたことがありまして、国や自治体が主導して業界間をつなぐルールをつくったり、プロモーションを行なうことも重要ですが、それと同時にもっと社会問題の現場を重視していくことで、自然と“領域横断的”なデータ連携が生じるのではないかということです。
オープンデータの活用をお手伝いするなかで気づいたのですが、日本における草の根のデータ活用には大きな可能性が秘められています。毎年開催されている「インターナショナルオープンデータデイ」では、日本は何年ものあいだ、世界でもっとも多数のイベントが開催される国でした。こうした地域のデータ活用の現場にはエンジニアをはじめ、社会問題に関心がある人、子育てをやっている人、街づくりに興味がある人など、いろんな人がいます。そこに行政やビジネスの人も加わって、自ずから領域横断的な場になっているので、そういう活動を同時多発的に盛り上げていく――そんなアプローチも有望ではないかと思っています。
「地方豪族企業」とは?
庄司:
現場に立脚した「ボトムアップ型」のアプローチにおいてポテンシャルを秘めているのが「地方豪族企業」と私が呼んでいる、ローカル(地域)に根ざした多角的な経営を実践している、いわゆる「コングロマリット」です。わかりやすいところでは、鉄道会社がそれにあたります。
庄司:
交通機関を運営しながら、小売りや都市開発なども手がけ、電子マネーやクレジットカードを展開していて、それらに紐づいた地域や住民のデータを握っている。残念ながら、全てのデータをつないで有効活用している事例はあまり聞いたことがないですが、領域を越えたデータを持っている点では、GAFAがグローバル規模でやっていることと類似しています。
谷脇:
地域活動のプラットフォームになっている企業ですね。
庄司:
そうです! そこでは雇用が発生すると同時にサービスも提供していて、経済活動全般の循環を促している。必ずしも1社でなくても業界内で連携するかたちでもいいので、そうした地方豪族企業が、地域の「デジタル公共財・デジタル公共インフラ」にどんどん投資していくようになれば、足元が固まって、地域DXの流れができるのではないかと期待しています。
谷脇:
では、DXを地方で進めていく際の担い手として企業はどういった役割を果たすべきでしょうか?
庄司:
明治以降、各地方の有力企業が社会インフラの整備にも注力してきましたが、こうした民間によるインフラ投資はデジタル分野でも実施できると考えています。社業を優先しながらでも、地域を俯瞰して皆で支え合うようにすれば、地域DXが成立するのではないでしょうか。結果的にそこに行政が乗っかってもいいと思います。
谷脇:
その際、従来のように「インフラ=ハード」と「ソフト=サービス」を明確に区分けするのではなく、ベストミックスを模索することもできますよね。
例えば「コンパクトシティ構想」はとても良い試みですが、なかには先祖伝来の土地を離れたくないという人もいる。そうした方にはデジタルでつながっていただき、必要不可欠なやり取りは保つといったふうに、ハードとソフトを組み合わせたやり方が技術的にも可能な時代になっています。
庄司:
監視用センサやカメラで高速道路を管理しながら車や人流のデータを取るなど、ハードとソフトが一体化した用途も考えられますし、もっと大胆に発想すれば、税金で賄えなくなった施設や建物、道路や橋などもデジタル投資の対象になり得ます。
谷脇:
米国ではダムの管理を民間企業に委ねて、その見返りに近くに設置したデータセンターで電力を優先的に利用できるといったことがすでに行なわれています。
谷脇:
地域DXを機に官民の壁を越えたPPP(Public Private Partnership「官民連携」)がもっと実現するといいですね。
庄司:
柔軟に考えれば、地方の企業にもチャンスは転がっていると思います。

農林水産業が、実は最先端!
谷脇:
IIJでも「農業IoT」などを推進していますが、就労者の高齢化が進み、このままいくと貴重なノウハウが失われてしまう危機に直面しており、ベテランの方の経験や知識、勘などをデータ化して、次の世代に伝えていくことが急務になっています。経験や勘といった「暗黙知」を誰もが利用できる「形式知」に変えるそうした試みは、特に地方において求められているのではないですか?
庄司:
ご指摘の通りです。ただ、逆説的に聞こえるかもしれませんが、農業、広義の農林水産業は、かつてはデジタルから一番遠い領域のように思われていた。ところが、農林水産業が長い低迷期を経たことで、近年では(デジタル活用の)最先端の実験場になっていたりします。
谷脇:
たしかに、以前は林地台帳を作るのに2人体制で3日くらいかかっていたのが、今ではドローンを使って2時間ほどで終わったり、センサを付けた魚を人工衛星で管理する“太平洋いけす構想”など、旧来のスケールを超えたアイデアを聞いたことがあります。
庄司:
ブリの養殖にデジタルデータを活用して、利益を出している事例もあります。農林水産業に新規参入する事業者が多いのは、こうした最先端の成果に拠るのだと思います。
これはデジタル化全般に言えることですが、一度、非常に困難な状況に陥ると、そこから反転して(他の手段が尽きて)一気にデジタル化が進むといったことが起こり得るのです。
庄司:
ですから、懸案となっている分野でも何かの拍子にスイッチが入れば、大きく飛躍する可能性があります。

IIJの水田センサ。圃場の水位・水温データを収集し、自宅や作業場など離れたところから、スマホで水位・水温を監視することができる。
むずかしい補助金問題
谷脇:
補助金を用いた地方のプロジェクトは、助成期間が過ぎて資金が途絶えると、プロジェクト自体が終わってしまうケースが散見されます。どうすればサステナブルになるでしょうか?
庄司:
あくまでも私見ですが、民間資金を活用するほうが健全ではないかと感じています。公的資金はその時々の流行などに左右されがちですが、民間資金は長期的な視点から地域に根ざした事業か否かを厳しく審査します。
自治体に呼ばれて講師を務めたりすると、必ず「事例を教えてください」と質問されます。事例は参考材料にはなりますが、それをそのまま横展開するのは不可能に近い。役所の方はやりがちなのですが……。
庄司:
事例というものは、個別性が非常に強い。だから、いったん自分で消化して同じようなことをするのはいいのですが、消化のプロセスを省略して横展開だけをやろうとすると、たいてい失敗します。
庄司:
“自分ごと化”する際に深みが欠けるからではないでしょうか。
庄司:
組織ごと・地域ごとに個々の事情があって、それに合わせて細かい調整をしなければならないのですが、単純にあれをこっちに持って来て……みたいに考えてしまう。しかも1年とか2年でやらなきゃいけないので、深いところに達する前に資金が尽きてしまう。
谷脇:
逆に、成功しているケースを見ると、プロジェクトを引っ張るリーダーがいて、そのリーダーが「ちょっと変わった余所者」だと言われます(笑)。それはつまり、地域の実情をある程度“無視”できる人材ということでしょうか?
庄司:
そうですね。そういう人が葛藤しながらも仲間を得て、一定の成果を残すということでしょう。
谷脇:
類型的なものを一度ディスラプトして、地元の有志を集めてネットワークをつくり、プロジェクトを再編していくキーパーソンが不可欠なのですね。

助け合うデジタル化
谷脇:
「情報通信白書」を見ると、10年前に比べて、70代のインターネットの利用率がすごくあがっています(図2)。孫とLINEする目的でスマートフォンを使っていたりするのでしょうが、(デジタル化を進めるうえでの)前提が変わってきていて、昔みたいに高齢者はデジタルに縁遠い時代ではなくなっている。すると当然、地域DXへの取り組み方も変わってきますね。
庄司:
手元に端末があって、誰でも使える状況は(地域DXにとって)理想的です。自治体の方と話していても、スマホ教室が非常に人気があるそうです。お年寄りが誰かに助けてもらいながらでも広がっていくデジタル化はこれからの時代、大いにあり得ると思います。1人で全部やってくださいと言われると、面倒だったり、不安だったりするけど、おじいちゃん・おばあちゃん同士が助け合ったり、子どもや孫に教えてもらうなど、身近な人たちと協力しながら、つながり合えるデジタル化なら、高齢者も怖くないと思うのです。

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図2 2012年から2023年までのインターネット利用率の推移(全体・70代)
IIJへの期待
谷脇:
最後に、地域DX・データ連携を進めるうえでIIJに期待することを、ぜひお聞かせください。
庄司:
IIJさんはデジタル公共財・デジタル公共インフラを築いてきたパイオニアであり、日本中、ひいては世界中の地域や企業をインターネットでつないでこられました。
谷脇:
インターネットそのものがデジタル公共インフラですからね。
庄司:
IIJさんがこれまでに蓄積してきたノウハウをビジネスとして特定のクライアントに提供するのはごく自然なことだと思いますが、願わくは、地域のさまざまな人をつなぐことにも積極的に活用していただきたいです。そこのノウハウこそ、私たちの社会に欠けているものなので。
庄司:
慶應義塾大学の安宅和人先生が「AIとはデータ、計算機、アルゴリズムのかけ合わせだ」とおっしゃっていて、すごく納得できました。データが集まるのは、先に述べた地域の豪族企業であり、計算機(ハード)もそうした企業に構築すればいい。肝心なのは「いかにして使うのか」というノウハウにあたるアルゴリズムであり、そこの知見はIIJさんが豊富に持っていらっしゃる。ぜひ地域DXにおけるアルゴリズムの部分をIIJさんに担っていただきたいです。
谷脇:
インターネットが世界中に張り巡らされ、誰もがデバイスを持つようになり、膨大なデータがネットワーク上に集まるようになりました。あとは、仕掛けさえうまく組むことができれば、課題解決に向けた新しいものを生み出せる環境が整っています。
今回の対談を通して、ネットワークとソリューションを生業としてきたIIJが地域DXにおいて果たすべき役割を再認識できました。ありがとうございました。
(写真/渡邉 茂樹)
(イラスト/もんくみこ)