ページの先頭です
IIJ.news Vol.189 August 2025
株式会社インターネットイニシアティブ
代表取締役 会長執行役員 鈴木幸一
今年は空梅雨らしい。異常気象はいつものことである。既にして、梅雨入り前から30度を超す真夏日が続いても、誰も驚かなくなっている。真夏に着る衣服を、梅雨時に身に着けるだけである。汗をぬぐいながら「暑い」とつぶやくのだが、今さら異常気象を口にする人も少なくなっている。さわやかな5月の新緑に泳ぐ鯉のぼりも記憶にはあるのだが、季節の移ろいが心を打つことはなくなってしまっているのかもしれない。
子供の頃は、夏休みに入る7月末になると、鬱陶しい灰色の雨雲が覆う梅雨の季節が終わり、真っ青な空、燦燦と太陽が照り付ける夏になる。時の経過は、季節の移り変わりによって、鮮明なかたちで記憶になる。季節の移ろいが消えかけてしまったいま、そうした記憶は、精彩を欠いた、干からびた思い出となってしまうのではないかと、心配になる。
小学校時代の夏の記憶と言えば、少年野球に熱中し、終日、炎天下で過ごしたことである。当時は汗を出し切ってしまっても、練習中は水を飲むなとか、少年野球の面倒を見てくれた方々の、今から見ると怪しい指導に従い、練習や試合が終わると、水道のホースを口にくわえたまま、水を飲み続けるほどに全身が乾いてしまったものである。そんな時代だったからか、野蛮としか思えない練習にも耐え得る身体になったのかもしれない。
休日、眠っているのか、本を読んでいるのか、わからないような脳の状態でソファに座っていると、街宣車が「高温だからクーラーをつけてください」と、繰り返し注意喚起のアナウンスを響かせる。高齢者が、それも、高齢者だけで暮らしている家が多いので、高齢者の熱中症を予防するには、大きな音声で、路上からでも注意喚起をするほかないのかもしれない。私も高齢者であり、こうした役所の配慮には感謝すべきなのだが、自らの年齢を記憶から消しているので、「うるさいなあ」とぶつくさ言ったりしている。
子供の頃は野球に熱中し、プロ野球選手になるのが夢だったのだが、家に戻ると、暇さえあれば、書棚に並んだ大人が読む本に没頭していたようだ。夕暮れでボールが見えなくなるまで野球に興じていた子供が、眠っていない限り本を読んでいて、ある程度、古文が読めるようになると、「紫式部日記」、「更級日記」、「蜻蛉日記」など、女性が記した日記などを、年齢なりの理解ではあったものの、何度も読み返した記憶がある。
それ以後の経験を振り返ってみても、いい加減そのものというか、無軌道そのものだった。大学は、一応、文学部卒なのだが、アルバイトと言えば、才能のないプログラミング、工学書の下訳など、脈絡もなく、ひたすら飲み代稼ぎ。その挙句に、インターネットである。昔から、文系とか理系とか、妙に厳しい壁をつくっている教育制度、あるいは選択の仕方そのものが誤りではないかと思っているのだが。
ページの終わりです